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第18回 アーティスト対談 『イラストレーター誕生』

 鈴木英人  エイジン本舗



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1948年福岡生まれ。71年ごろから広告デザインを手懸ける。80年ごろからイラストレーターになる。「FM STATION」「野性時代」「プレイボーイ」「ポパイ」等の雑誌カバーイラストレーション及び本文イラストレーション、中学校英語教科書「NEW HORIZON」のカバーイラストレーション。ナショナル、ミスタードーナツ、デニーズ、ニコン、富士写真フィルム、ライオン、日本石油、アサヒビール、サントリー、キリンビール等の広告キャンペーン及び商品パッケージのイラストレーション。科学万博駅パビリオン壁画。阪急西宮北口壁画。横須賀市「海と緑の1万メートルプロムナード」壁画。相模湾アーバンリゾートフェスティバル1990モニュメント。多摩らいふ21・1993メインビジュアル。湘南国際村1994モニュメント。ハイビジョンTV番組制作(TBS)。サマージャンボ宝くじのイラストレーションなど、幅広い分野でコラボレーションを行っている。


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(ジェイン)昔はイラストレーターの輝かしいスターがいたけど、ここのところ、イラストレーターのスターって、でていませんよね。

(英人)そうね〜。

(英人)誰もやっていない表現をとらなければ、ムリでしょうね。

(ジェイン)スターには、なれないって事ですね。

(英人)なんとか、それを捜し出さないと、ムリ。表現領域が、狭くなってくるし、古いと思われてた事が、新しくなってくる事もあるし。時代によって変わる。

(ジェイン)古いのが流行になるのは、ファッションと一緒ですね。

(英人)どういう切り口で表現するかが、その人の個性になってくる。

(ジェイン)個性を出すって、難しい〜??。

(ジェイン)………。


(英人)成功しようと思ったら、それを考えないとダメ。「絶対無い物」を作らないと…。

(ジェイン)自分の個性を出すためには、どうしたらいいんですか?



(英人)僕は、30才の頃から、作品を作り始めたんだ。

(ジェイン)イラストを描き始めるには、遅いスタートですね。それまで、何をしていたんですか?。

(英人)電通の下請けの、デザインプロダクション。アートディレクターをしていた。東芝とか、全日空の仕事の。



(英人)僕のいたような会社は、けっして華やかな仕事をするようなところじゃなかったし、華々しいデザイナーじゃなかったんだよ。そんな時、滝野晴夫さんというイラストレーターに、仕事を頼もうと思ったら、一年先までスケジュールが埋まっていて、

(ジェイン)そんなに売れている人だったんですか?

(英人)当時は、イラストレーターの数が少なかったことも事実。だから、仕事を引き受けて貰うのが、大変だった。あの頃、カメラマンは沢山いたんだけどね。

(英人)僕は、カメラの方が好きだったんだけど。実は。どうせなるのなら、数が少ないイラストレーターしかないな〜と思ってね。

(ジェイン)けっこう、冷静ですね!。

(英人)それで、28才の終わりに、アメリカとカナダに行って。撮ってきた写真から、これを描いたら「いけるな〜」と思った。

(ジェイン)光とか、空気とかがリアルに表現されていて、捉え方が写真家の目線だな〜って、思っていました。

(英人)そうだね。光は大切だね(笑)。

(英人)朝と夕を選んで、何気ないアメリカなんだけど、光を生かした撮り方をしたんだ。

(ジェイン)光が良くないと、駄目なんですね?

(ジェイン)その時の写真から、英人さんのストーリーが始まったんですね。


(英人)その頃描かれていたものは、しいて言えば、コミックみたいな物しか無かったから。線と面で表現した自分のアメリカの風景を描いたのは誰もいない、自分しかいないなって、確信を持った。

(英人)3ヶ月で5〜6点、描いたんだ。

(ジェイン)「よし、いけると思ったんですね」

(英人)1980年に、それを持って、イラストレーション(玄光社)の編集部に出したら、直ぐに4ページ作ってくれた。新人紹介みたいなページがあってね、そこに。

(ジェイン)昨日、新年の挨拶に行って来ました。

(英人)片桐編集長のとこ?

(英人)片桐さんいたよ、その当時から…(笑)。

(ジェイン)片桐さんに(作品)見せに行ったんですか?。


(英人)田中さんという女性が編集長で、片桐さんは新人の編集者だったな〜(笑顔、懐かしそう)。

(英人)そしたら、いきなり明治乳業のソフトマーガリンの仕事が来た。

(ジェイン)イラストレーション誌を見て、いきなり?。

(ジェイン)ラッキー〜(笑)。でも、やっぱり実力。


(英人)パッケージ・ポスター・販促物、TVCMまで来ちゃって〜。

(ジェイン)すごっ〜い!。



(英人)次に、講談社のイラストレーション年鑑というのが、あったんだけど。それにも応募したら、賞に入って。その時、田中一光事務所から、直ぐ電話がかかって来た。

(ジェイン)すご〜ぃ。

(英人)まだ、校正刷りの段階で、本が出る前の事。「ぜひカレンダーをやってください」という依頼があった。



(ジェイン)書店に出る前に、反響があるなんて…。

(ジェイン)聞いていて、夢みたい。それから、NTT・コカコーラ・マクドナルドと仕事が続いたんですね。

(ジェイン)大成功!。

(ジェイン)「そういう(大きい広告の仕事)のは、そんなに続く分けがない。長く続く人なんてあり得ないと思った」時ですね。

(ジェイン)その成功で、もういいやって、完結しなかったんですね。


(ジェイン)86〜7年頃から、自分の本当の描きたい物を描くと言う事に目覚めたんですね。それが英人さんにとって、版画を作る事で、今の仕事のスタイルへと、続いてきたという事。

(ジェイン)そして90年頃、画商の方と出合った時に、作りためた作品が沢山あった事も、幸いしたんですね。「チャンスを呼び込む作品を作る事、」「チャンスが来た時に、それに応えられるもの(作品)があるって事」それが、今の成功をもたらした。私たち凡人には、真似は無理ですね。

(ジェイン)このお話しを聞いて、「よし、私もやってみよう〜」って思ってくれたら、次の鈴木英人が生まれるかもしれませんね。





(ジェイン)そして、これからの英人さんは?。


(英人)今、ハワイのシリーズを、ずっと描いているんですよ。

(ジェイン)じゃ、あのスクリーンで、ハワイの映画を見ながら描いているんですね!。

(英人)ハワイにも、アトリエを作ったので、そこで作業している。

(ジェイン)ワー、生ハワイの風景の中で?。

(ジェイン)カッコイイ。




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